レビュー・大田昌秀

大田昌秀の本格的評伝、普天間と辺野古移設問題は大田県政に端を発する、著者は野添文彬、一橋大学大学院法学研究科博士課程修了、沖縄国際大学法学部地域行政学科教授、専門は日本外交史、国際政治史、著書「沖縄返還後の日米安保」他

概要

沖縄戦という原点、1久米川の秀才、広い世界へ憧れ、2沖縄師範学へ進学、迫りくる戦火、3鉄血勤皇隊として戦争体験、首里からの撤退、南部での彷徨、本土・米国への留学、1収容所から沖縄文京学校へ、収容所、文教学校入学で遺骨収集、日本国憲法、2早稲田大学での日留、教育学部入学、「沖縄健児隊」の出版、3米留の二年間、シラキュース大学大学院ジャーナリズム専攻へ、人種差別と偏見、アメリカ観、日本復帰論高揚の中で、1沖縄人意識の探求、琉球大学教員に、東大新聞研究所での研修、「沖縄の民衆意識」出版、2日本国憲法下への復帰期待、日本国憲法の重視、日本人は醜い、沖縄の心、3復帰論の思想的位置、大城立祐と新崎盛暉、反復帰論、大江健三郎、復帰後・沖縄学の批判的継承、1アイデンティティの模索、ハワイでの研究とマイノリティ問題、伊波普猷との対話、2戦後の沖縄学、沖縄戦フィルムの購入、沖縄占領四つの論点3積極的平和へ共鳴、ヨハン・ガルトウングへの共鳴、沖縄県知事の第一期、1出馬の決断と勝利、難航の県政運営と議会対策、2軍用地強制使用問題と三次振計、副知事、公告・縦覧代行問題、三次振計と沖縄開発庁、国際都市形成構想と自立、クリントン政権と復帰20年、3平和行政の展開、平和の礎と理念、女性政策推進と公文書館建設、沖縄からの異議申し立て、1戦後50年目の転換をめざして、1戦後50年目の転換、重要三事案、宝珠山発言、大差で知事再選、2少女暴行事件と代理署名拒否、ナイレポート、少女暴行事件代理署名拒否と県民大会、3日本政府との攻防、ASCOと基地問題協議会、国際都市形成の策定、4普天間飛行場の返還合意と苦渋の決断、普天間飛行場返還合意、最高裁での敗訴と県民投票、沖縄の思惑、橋本談話、屋良朝苗への思い、大田県政の挫折、1橋本首相との関係、突然の海上ヘリ基地案、橋本の官邸主導による沖縄政策2失速する県政、海兵隊削減・駐留軍用地特別措置法、全県フリーゾーン構想、県内移設、吉元再任否決、3普天間移設問題の迷走、名護市住民投票ー海上へり建設の是非、橋本・大田会談ー海上ヘリ拒否、建設反対表明へ、4橋本首相との断絶・知事選敗北、名護市長選、大田と橋本のズレ、知事選での敗北、晩年と死、1再び研究活動へ、稲嶺県政批判、2参議院議員時代、日本政治変容の懸念、3沖縄独立論への傾斜、構造的差別批判、独立論への共感、ノーベル平和賞候補、死去、

感想

普天間や辺野古移設は橋本の官邸主導が起源、自立を求めた大田の苦悩が滲み出る、知事選敗北と沖縄独立論へ傾斜、

まとめ

沖縄戦という原点、本土・米国への留学、日本復帰論高揚の中で、復帰後・沖縄学の批判的継承、沖縄県知事の第一期、沖縄からの異議申し立て、大田県政の挫折、晩年と死を考察、琉球大学で教鞭、ジャーナリストとして活躍、知事選当選で米軍基地問題、民意と政府で板挟み、普天間と辺野古移設で挫折、晩年は沖縄独立論に傾斜

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