レビュー・昭和天皇

昭和天皇の実像を知りたい、あくまで実証的に、思想形成過程に注目、著者は古川隆久、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了日本大学文理学部教授、著書「皇紀・万博・オリンピック」他

概要

1思想形成、1東宮御学問所、生い立ち、東宮御学問所に進学、杉浦重郷の倫理学、杉浦の天皇観・国家観、白鳥庫吉の歴史、清水澄の法制経済、2訪欧旅行、発端、宮中の職制と元老、外遊の成功、3摂政就任、君臨すれども統治せず、神格化を否定、皇室改革に意欲、研修活動、立作太郎の外交史、清水澄の憲法進講、明治天皇について学ぶ、生物学を趣味とする、アイドルとなる、牧野伸顕の内大臣就任、政治思想の確立、2天皇となる、1田中内閣への不信、施政方針を明示、直訴頻発の意味、当時の日課、田中義一首相への不信、優諚問題、中国の主権を尊重、即位大礼、剛毅な昭和天皇像の誕生、2首相叱責事件、張作霖爆殺事件、つのる田中首相への不信感、昭和天皇の政党政治観、張作霖事件の進展、叱責を決意、ついに田中を叱責、昭和天皇の発言、田中叱責の意味、道徳的な政党政治を追求、3ロンドン海軍軍縮条約問題、浜口を激励、反撥する軍令部、鈴木侍従長の対応、統帥権干犯問題、加藤軍令部長の辞意、右翼の宮中側近攻撃、徳治主義の発露、」クーデタ―未遂、3理想の屈折、1満州事変、不拡大方針の挫折、最善を尽くしたか、揺らぐ昭和天皇の権威、連盟との対立を心配、犬養内閣の成立、桜田門事件、日支親善は出来うるや、心労たまる昭和天皇、2)五一五事件、政党政治を見放す、秩父宮との対立、連盟脱退へ、本庄侍従武官長の登場、なお協調外交を追求、軍の政治化に批判的、満洲問題、3天皇機関説事件と二・二六事件、在郷軍人会パンフレットを批判、孤立した昭和天皇、対中融和を追求、牧野内大臣の引退、二・二六事件勃発、即時鎮圧を決意、陸軍への怒り、本庄武官長辞職、近衛首相に期待、4苦悩の聖断、1日中戦争、盧溝橋事件の勃発、対応の誤り、やつれる昭和天皇、張鼓峰事件で陸軍と対立、長期化する日中戦争、2防共協定強化問題、念書を書かせる、ノモンハン事件と天津租界封鎖問題、板垣陸相に激怒、陸相人事に注文、首相の人選を主導、ドイツの快進撃に幻惑される、第二次近衛内閣の成立、三国同盟を容認、3太平洋戦争開戦、日米交渉に期待、武力行使を強く否定、御前会議で異例の発言、開戦決意、早期締結を指示、戦況の悪化を懸念、支持を失う東条首相、4終戦の聖断、一撃講和論をとる、早期講和論に転換、ポツダム宣言、一回目の聖断昭和天皇の決断、二度目の聖断、聖断の意図、5戦後、1退位問題東条に責任を転嫁したか、マッカーサーに責任を認める、免責への動き、世論の動向、人間宣言、新憲法の制定、独白録の意味、退位論、退位せず、改憲再軍備と、政治関与、留意の副産物、戦後巡幸皇居再建の道のり、2講和問題と内奏、新憲法下の天皇、1947年9月の発言、講和問題との関わり、戦後の内奏、内奏継続の意味、3拝聴録への道、後半生の主題は戦争責任、世論調査に見る昭和天皇二度目の訪欧、沖縄の関心、訪米、中国への謝罪、植民地支配への反省、拝聴録作成へ、厭世的になる、崩御、おわりに、理想実現に尽力、旧憲法と国民に裏切られる、君主としての責任を自覚、戦争責任と向き合う、

感想

大日本帝国の天皇と日本国の象徴天皇を描き、あの戦争は何だったのかを問う、

まとめ

東宮御学問所時代、訪欧、摂政就任、田中内閣への不信と即位、叱責事件、ロンドン海軍軍縮条約問題、満州事変、五・一五事件天皇機関説と二・二六事件、日中戦争、防共協定強化問題、太平洋戦争開戦と聖断、退位問題、講和問題と内奏、拝聴録への道を考察、大日本帝国憲法の重荷を背負った生涯であった、

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